現場で活躍するブラジル人ドライバー 日本でのドライバー不足が深刻化する中、運送業界の外国人受け入れに注目が集まっている。 2024年には特定技能制度に「自動車運送業」が加わり、外国人ドライバーの増加が想定される中、受け入れ体制の整備や研修の面ではどのような対策が進められているのか。 ドライバー約200人のうち2割が外国人だという日豊高速運輸(愛知県刈谷市)は、多言語でのeラーニングや対面研修を導入し、外国人ドライバーの育成とサポートに力を入れている。 eラーニングのサービスは、同社の子会社で開発し多言語化。社内で活用するほか、業界全体で外国人の受け入れを整備していくために、他社にもサービスを提供している。 ユニークな取り組みを取材した。 「部品の輸送は外国人ドライバーと相性がいい」その理由 研修を受けるネパール人ドライバー 愛知県という自動車産業が盛んな土地柄もあり、日豊高速運輸は主に自動車部品を輸送している。 同社で活用しているトラックドライバー研修用eラーニングサービス「eDriver」の開発を手掛けるのは、子会社の「エヌ・ピー・ロジ」だ。 エヌ・ピー・ロジの取締役で事業開発部長の出口皓士さんは「自動車部品がメインの輸送は、外国人ドライバーとかなり相性がいい」と話す。 そう話す背景には、個人宅向けの配達などと違い、「工場などの決まった納品先に定期便的に運搬する」という配達の性質があった。 毎回配達先が違う場合は、漢字で住所が書かれた伝票を見て運送しなければいけないが、自動車部品の場合は、一定の納品先に運び、フォークリフトで積み下ろしをするため、言語を原因とした誤配送などのミスにつながりにくい。 日豊高速運輸では10年以上、地域で暮らす日系ブラジル人を雇用しており、加えて近年は、ネパール人ドライバーも入社。特定技能ビザのインドネシア人ドライバーの受け入れも進めている。 エヌ・ピー・ロジの取締役で事業開発部長の出口皓士さん 深刻な人手不足「外国人受け入れに舵を切るしかない」 人手不足に陥っている運送業界だが、日豊高速運輸でもここ数年で状況は深刻化したと出口さんは話す。 「2022年頃まではコンスタントに毎年、15人以上を採用していて、特に採用に関して問題はなかったのですが、2年前くらいから、日本人の経験者からの応募が一気にガクンと減りました」 背景には、安全性のための残業時間の規制強化により、以前と比較すると稼げなくなってしまったことや、工場が多い愛知県では条件の良い求人も多く、「人材の奪い合い」になっている状況などが考えられるという。高い賃金を払える大手企業に人材が流れていってしまう状況だ。 日本人応募者でも未経験者を採用せざるを得ない状況だが、ドライバーだけでなく管理者も不足しており、未経験者を育成する余裕がない中小企業が多い。 「人手不足が深刻化している状況では、外国人受け入れに舵を切るしか方法はありません。そうであれば、会社の受け入れ体制を整え、教育・研修を整備する必要があります」 かねてから社内教育に力を入れてきた日豊高速運輸では「しっかりとした教育を整備することで外国人ドライバーが戦力になり、人手不足解消に繋がる」という考えのもと、子会社「エヌ・ピー・ロジ」で研修用eラーニングを開発した。 多言語のeラーニングで「安全運転」学ぶ 日豊高速運輸のトラック エヌ・ピー・ロジでは、eラーニング学習管理システム「learningBOX」を使って、eDriverを開発。 日本語とポルトガル語、インドネシア語で使えるようにし、タガログ語、ネパール語、ミャンマー語、ベトナム語などの多言語対応も検討している。 特にドライバーの研修は、「命に関わること」だからこそ、専門家による翻訳を経た確実な商品を提供することに重きを置いている。 ドライブレコーダーに実際に記録された事故映像を見て学ぶ「ドラレコ安全教室」では、危機予知能力を高め、道路交通法などの知識も再確認する。 エヌ・ピー・ロジによる「eDriver」の『ドラレコ安全教室』より。ここに多言語での字幕がつき、希望する言語で学ぶことができる 国土交通省が定める規則のもと、トラックドライバーには、遵守するべき規則などをまとめた「法定12項目」の教育が義務付けられている。 eラーニングを導入するまで法定12項目の研修は、終業後に残業扱い、または週末に休日出勤をして学んでいた。 しかしeラーニングの導入により、それぞれのスケジュールに合わせて学ぶ時間を取れるようになったため、管理者とドライバー双方の負担も大幅に減った。 法定12項目のほか、プロドライバーとしての土台を固める安全教育を重要視。もちろんeラーニングだけではなく、専門家による対面での直接指導に力を入れている。 ドライバーの第一言語で理解する大切さ 研修内容の内容を「第一言語できちんと理解すること」を同社が大事にしている背景には、出口さんが元々は通訳や翻訳を専門にしていたという経験がある。 出口さんは上智大学外国語学部を卒業後、メキシコにある日系の自動車部品メーカーで、スペイン語などの専属通訳や翻訳を担当していた。 元々はポルトガル語が専門で、スペイン語と韓国語の通訳・翻訳の経験がある。 そのような経験を活かし、実家が経営する会社である日豊高速運輸の子会社としてエヌ・ピー・ロジを立ち上げた。 日本で就職する外国人の大半は一定の日本語を習得しているが、習得レベルに差異がある。そのため、専門家のチェックを経た多言語化により「第一言語で学ぶ」ことを大切にしている。 「日常会話であれば良いのですが、業務に関わる専門的な内容であると、伝わっているようで伝わっていなかったり小さな誤解があったりすると、交通事故につながってしまいます。完璧に理解してもらうためにも、多言語での対応が大切になってくると考えています」 ポルトガル語でのポスターなども活用している。左は「事故隠蔽防止」、右は「熱中症応急手当て」の内容。 AI技術の発達により、翻訳のハードルも低くなってはいるが、専門的な内容の翻訳に関しては、専門家の翻訳やチェックが欠かせない。 「AI翻訳だと、小さな誤解やコミュニケーションの齟齬が、事故やトラブルにつながり、取り返しのつかないことになる可能性があります。実際に私も通訳や翻訳をしていましたが、現時点のAI技術では100%の正確性を求めることは難しいです。ドライバーの研修の場合、出身国の道路交通法や交通事情を鑑みて、伝えるようにもしています」 「外国人雇用」→「しっかりとした研修」が定着と活躍に繋がる 日豊高速運輸 エヌ・ピー・ロジでは、自社でのeラーニングの活用だけでなく、業界全体で外国人受け入れの環境を整えていくため、他社への研修サービス提供も展開している。 どの現場も人手不足で、各社が社内で日本人新人ドライバーや外国人ドライバーの教育を徹底することは簡単ではない。 そこで、eラーニングの販売に加え、対面での直接指導や添乗指導や指導のコンサルティングなども行う「安全顧問」のサービスも行っている。 eラーニングを活用した上で、企業研修専門で交通安全を指導している会社の専門家が添乗指導や管理者教育を行う。 ドライバー向けのeラーニング開発・販売には他社も参入しているが、エヌ・ピー・ロジは多言語対応で展開していることが強みだ。 日豊高速運輸 出口さんは「外国人受け入れにおいて、運送業界と他の業界で大きく違うところは、ミスが命に関わるという点」と話す。 「ドライバーは『ミスしながら覚えていく』ということができないため、他の業種に比べて神経質になる必要はあります。だからこそ研修に力を入れることが重要です」 研修の他にも同社では、特定技能の人材紹介もスタートした。このサービスでは、単に人材を紹介するだけではなく、働き始めるにあたっての安全研修や添乗指導、生活支援などのサポートも充実させている。 「人材紹介をする会社はたくさんありますが、紹介して終わりだと十分な教育やサポートを受けられず、うまく馴染めなかったり、トラブルに繋がってしまったりというケースもあり、現場が疲弊してしまいます。離職率もあがり、双方の利益にならない状況を避けるために、入社後のサポートを重視しています」 日豊高速運輸の安全研修センター 人口減少により2040年には、日本社会を支える現役世代が8割になり、労働力が1200万人足りなくなるという「8がけ社会」が到来する。 人手不足の深刻化に伴い今後、外国人ドライバーの受け入れもどんどん進んでいくと予想される。 出口さんは「運送業界でも、 外 国人受け入れに興味がないわけではなく、関心はあるけど、ただ漠然とした不安を抱えている会社も多い」とした上で、こう話した。 「外国人の採用には費用もかかるということで、前に踏み出せていないという会社が少なくないのが現状。だからこそ、業界内で受け入れを始めている企業が、採用や研修をどう進めているかという事例を共有することも大切だと考えています」 ドライバーとして働くために来日する人々も、それぞれが夢や目標を持ってその道に進むことを決めている。 受け入れ企業として伴走し、業界全体で受け入れの体制を整えていくためにも「10年以上、外国人ドライバーの方々と共に働いてきたという強みを活かしていきたい」と語った。 (取材・文=冨田すみれ子) 【あわせて読む】 「外国人材の受け入れはリスクではなくチャンス」日本のトップ企業が実践する“共に働き、成長する”ソリューションとは Related... 社員の7割が外国人の日本企業、事業は在日外国人の“困りごと”解消。「日本に来てよかった」を目指す理由 「外国人材の受け入れはリスクではなくチャンス」日本のトップ企業が実践する“共に働き、成長する”ソリューションとは 日本に年間30万人増えている外国人。ゴミの分別や交通ルール…どう「伝える」? 日本人と外国人が一緒に考えてつくった最適解 ...クリックして全文を読む