アイドル練習生への性教育も。日本にはない、包括的性教育を学べる韓国の体験型センターを取材した【2025年回顧】

※2025年にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:8月26日) 韓国各地に「包括的性教育」が学べる、常設の公的な「体験施設」が50カ所以上もあることは、日本ではあまり知られていないかもしれません。 「包括的性教育」とは、生殖や身体の成長だけでなく、ジェンダー平等や人権、性の多様性、性交、避妊などについても学ぶ性教育のことです。 公的資金で運営されている韓国各地の青少年性文化センターには日々、多くの児童・生徒たちが校外学習にやってきます。 体験施設の他にも、各学校に外部講師が赴き性教育を行う「出張授業」にも大きな需要があるといいます。 今、韓国ではどのような性教育が行われているのか。韓国・ソウル市にある「市立Aha!青少年性文化センター」や、性教育の出張授業・教材開発を行う「性文化研究所Lala」を取材しました。 性教育を学べる市立の常設センター。若者の「駆け込み寺」にも センター1階には子どもたちがワクワクする仕掛け(右)、体の仕組みや成長について学ぶ部屋には手にとって学べる多様な生理用品も(左) ソウル市の中心部、国会議事堂なども建つ永登浦区に「市立Aha!青少年性文化センター」はあります。 1999年の発足から26年間にわたり、若者たちに性やジェンダーについて伝えてきました。 センターに入ると、ミラーボールやロープを使ったアスレチックのような床など、子どもや若者がワクワクするような仕掛けが。 小学生から高校生まで、それぞれの年代に合わせて、身体の成長から生殖器、生理用品、避妊、コンドームの使い方まで様々な角度から性について学べる施設です。児童・生徒たちは学校の校外学習のような形でセンターを訪れます。 センター長のイ・ミョンファさんは「 ここは、子どもたちが見て、触って、聞いてと五感を使い、性やジェンダー平等、主体的な決定権について学べる体験型の施設です 」と説明します。 センター内を紹介するスタッフ(右)、性や心身の成長に関する書籍も揃っている。(左) 日本と同様、韓国でも公立学校での性教育で学ぶのは基本的な知識のみ。 日本でいう学習指導要領の内容に沿って教えられる性教育の授業では、 実際に子ども・若者たちが「必要とする情報」には踏み込まないことも多々あります。 より実践的に学ぶために、ここでは月経カップなど様々な種類の生理用品を触ってみたり、性感染症予防や避妊について学ぶためにもコンドームの付け方に挑戦したりします。 センターで若者たちに紹介している、低用量ピルなどの避妊具や妊娠検査薬、コンドーム装着練習用の男性器の模型 性に関する子どもたちの悩みや質問を元につくった動画を見て、グループで意見を交換。コミュニケーションを通して不安や悩みを解消します。 センター開設当時から、セクシュアルマイノリティの当事者からの相談も多く、ジェンダーやセクシュアリティについて学べるプログラムも充実しているといいます。 若者の悩みや質問をもとにつくられた動画を観て、ロールプレイングやディスカッションをする部屋 センターは子どもたちの「 セーフスペース 」。地下1階から地上3階まである施設の中には、性について学べるエリアの他に、カウンセリングルームもあります。 子ども・ユースが性に関する悩みを相談できる「駆け込み寺」のような場所になっていて、加えて保護者や教員、性暴力サバイバー、加害者向けのカウンセリングも実施しています。 韓国各地に性について学べる57の常設施設 Aha!青少年性文化センターは常設の施設であるだけではなく、 ソウル市の予算で運営される公的な施設。 バックラッシュに直面しながらも、公的な施設として26年間、運営を続けてきたことを「誇りに思う」とイ・センター長は話します。 日本にはまだ、このような包括的性教育を学べる常設施設はありません。 ソウル市にある、市立Aha!青少年性文化センター センターが開設した背景には、韓国経済が大きな打撃を受けた「IMF危機(アジア通貨危機)」の影響がありました。 イ・センター長によると、IMF危機で多くの市民が失職し、経済的に厳しい状況に陥った家庭で育つ女子高校生などが性的搾取の被害に遭うケースが急増したといいます。 性教育の必要性が叫ばれ、青少年が性について学べる施設が開設されました。 同センターは2001年からYMCA韓国が委託を受け、現在は17人の職員で、施設の運営、相談、研修などを担当しています。 韓国各地に同様の57の施設があり、ソウルまで来なくても、児童・生徒たちは近くの施設で包括的性教育を受けられる状況 です。うち8施設はソウル市内にあり、その中でも大規模なのが、このAha!青少年性文化センターです。 保守政党に政権が交代する度に、予算を削減されたり、バックラッシュが強くなったりもしてきましたが、子どもたちの学びの場を確保するためにもどうにか運営を継続してきたといいます。 韓国では近年、デジタル性暴力が急増。女性を脅して性搾取画像をアプリで共有する 「n番部屋」事件 は韓国社会を揺るがし、ディープフェイク性犯罪の被害も拡大しています。 ディープフェイク事件は加害者も被害者も共に10代が多かったことも判明しており、Ahaでもヒアリングをしてデジタル性暴力を予防するためのプログラムを開発。中高生などを対象に展開しています。 アイドル練習生や、教員たちへの講習も 若者たちが施設を訪れるほかに、外部の機関と連携したプログラムも行っています。 2018年からは、「BLACKPINK」など多くの人気アイドルを輩出している韓国の大手芸能プロダクション「YGエンターテイメント」のアーティストへの性教育も実施。 YG側からの要請を受け、12〜17歳などのいわゆる「アイドル練習生」を対象に性教育の出張授業を行っています。 YGから要請があった背景には、昨今の韓国芸能界での性暴力事件の発生などがあったといいます。イ・センター長は、加害者にも、被害者にもならないために、「正しい性の知識を身につける必要性」を指摘します。 市立Aha!青少年性文化センターでセンター長を務めるイ・ミョンファさん 練習生は学校に通えないケースもあり、学校での基本的な性教育さえ受ける機会がない若者も。基礎的な性の知識の他、ルッキズムに晒されたり、激しいダイエットや食事制限を経験したりする可能性を考慮し、どう健康的に自分の体を管理していくかなどについても学びます。 アイドルが発表する楽曲の歌詞は、多くの若者に影響を与えることからも、性に関する差別語やジェンダーの観点での言葉使いなどについての講義もあります。 カードゲームなどで「楽しく学ぶ」。「性教育の死角」をなくすために 「アハ!青少年性文化センター」のような常設の施設の他に、各学校への性教育の出張授業にも大きな需要があります。 「性文化研究所Lala(ララ)」では、韓国各地への性教育講師の派遣のほか、子どもたちが使いやすいような教材の開発にも力を入れています。 3Dプリンターで作られた生殖器の教材を見せる、性文化研究所Lalaのノ・ハヨンさん 3Dプリンターで作った生殖器は、外から見える性器の部分だけでなく、体内の内臓部分まで精密に作られています。このように模型で見せる理由は、「女性は特に、自分の性器を見たことがない人も少なくないから」。 模型だけでなく、親しみやすいイラストを用いたカードゲームやかるたなども作成し、コミュニケーションを取りながら「楽しく学べる性教育」を実践しています。そこにあるのは、「おもしろくなければ興味は持てない」という思い。 年齢に合わせて、子どもでも分かりやすいようにプライベートパーツや、「やっていいこと」「ダメなこと」をゲーム感覚で学べるように工夫しています。 性犯罪では、知的障害者などが被害に遭う性暴力事件も相次いでいます。「性教育の死角をなくす」ため、知的障害者など、障害者向けの性教育も独自に開発し、積極的におこなっています。 性文化研究所Lalaがつくった性教育の教材 学校の性教育と“リアル”の「ギャップ」、都市と地方の「ギャップ」を埋める 韓国でも、学校の性教育で教えられるのは基本的な知識のみで「部分的な性教育」となっています。ララのノ・ハヨンさんは 「ララの出張性教育は、そのギャップを埋めるための授業」だと位置付けます。 学校で習う最低限の知識と、10代が実際に必要となってくる情報の間を埋める情報をオリジナルの教材で楽しく学びます。 そして、ソウルだけでなく 地方各地へも出張授業へ行くことで、地域での情報格差も埋めようと、活動地域を広げています。 「ソウルなど大都市が全ての中心になりがちですが、地方では状況が違うことも。地域によって教育機会や情報にも偏りがあるため、そのギャップを埋めるために全国的に性教育の講師を派遣しています」(ノさん) 2017年に設立してから、韓国各地の約15万人に対してジェンダー・性教育を行ってきました。 ララがこのような活動を展開する背景には「なぜ性教育は性暴力の事件が起きた後に行われるのだろう?」「もっと幼い年齢から性教育を始める方法はないだろうか?」という疑問がありました。 幼少期からの性教育と同時に、大人への性教育の必要性も強く感じ、「性教育のお姉さん」という名前でポッドキャストをしたり、YouTubeで動画を発信したりして、無料で学べるような活動もスタート。 「誰もが簡単に性教育にアクセスできる環境を整えることを目標に、さらに活動を広げていきたい」と話します。 日本でも韓国にあるような「性教育の常設施設が必要」 ハフポスト日本版は、国際NGO「プラン・インターナショナル・ジャパン」による 「SRHR for JAPAN」キャンペーンの 一環として、韓国での視察ツアーに参加し、韓国での性教育について取材しました。(執筆・編集は独自に実施) ツアーには、性教育に力を入れる産婦人科医3人も日本から参加し、日本での性教育にどのような点を活かせるか視察しました。 参加した産婦人科医の一人で、日本各地の学校などに年間200回以上、性教育の出張授業を行なっている高橋幸子さんに、日韓での違いや、両国が抱える同様の課題について聞きました。 まず高橋さんは、日韓両国が経験している課題としては、性教育へのバックラッシュやそれに伴う授業内容の制限などを挙げました。 韓国では今、バックラッシュにより、授業内で扱える内容が制限されたり、授業内や青少年性文化センターで使ってはいけない言葉が指定されたりしているといいます。 韓国でも公立校の授業内で、以前教えていたが今は教えられなくなったという「コンドームの使い方」も一つの例です。韓国では現在は、学校教員による授業内では教えられず、外部講師が学校と内容を調整して教えている状況です。 日本でも近年は韓国と同様に、産婦人科医などの外部講師が学校に出張授業に行って性教育をすることが増えていますが、コンドームの付け方を取り上げるか、コンドームを配布するか否かなどについては、学校との間の調整に難しさもあるといいます。 高橋さん自身も出張授業で、性感染症予防や避妊について学ぶため、コンドームの使い方講座やコンドームの配布をすることもありますが、学校側から配布については断られることもあったそうです。 一方、日韓での違いや日本が見習える点としては、「性教育についての常設施設」が挙げられるとしました。 高橋さんは、「日本でも、市立Aha!青少年性文化センターのような、性教育について学べる常設の施設が必要」だと強調します。 埼玉県では、高橋さんが代表理事を務める一般社団法人「彩の国思春期研究会」が、若者のための街の保健室「 たんぽぽユースクリニック 」を各地で月4回開催し、その他にも学園祭などでも展開。性に関する悩みの無料相談などを実施しています。 それでもやはり、Aha!のように若者の「駆け込み寺」になれるような、常設の場所が必要だと感じているといいます。Aha!のような場所を「モデルケース」として、日本でも活動を広げていきたいと話しました。 加えて、Aha!やLalaでは、施設での性教育や出張授業だけでなく、学校で性教育を教える教員の研修なども行なっていますが、日本では、そのような場所は確立されていないといいます。 「日本の学校の先生たちは、性についてどう話せばいいか、生徒からの質問にどう答えれば良いかが分からず、困っている状況です。関心がある人が各自、休日を使って勉強会を探して学びにいっています」 各都道府県によって状況も大きく違うため、日本各地で性教育を教えるための研修を確立する必要性も指摘しました。 (取材・文=冨田すみれ子) 【動画】 体験型センターの様子を動画でみる 【あわせて読みたい】 性的同意ちゃんと取れてる?クイズで確認。性教育キャンペーンや国内最大規模の意識調査も。「SRHR for JAPAN」がスタート Related... 命に関わるドライバーの仕事、外国人が「安全運転」を学ぶために何が必要?元通訳が考えたユニークな研修 日本でも気候変動の影響受けた「極端気象」の被害拡大。世界100位⇨34位に気候リスク指数が急上昇。過去30年で世界の死者83万人に 「外国人材の受け入れはリスクではなくチャンス」日本のトップ企業が実践する“共に働き、成長する”ソリューションとは【2025年回顧】 ...クリックして全文を読む