レイプ神話レベルの「経験則」が染み付いた法曹界。裁判官や捜査員による二次加害をなくすために必要なこと

東京高裁や東京地裁などが入る庁舎(東京・霞が関) 性被害を訴えた人が、捜査・裁判という一連の刑事手続きで、警察官や検察官、弁護士などから二次加害を受けるケースが後を絶たない。 捜査員が聴取中に被害者を責める発言をしたり、被告の代理人が法廷で侮蔑的な質問を浴びせたりと、加害の形態は多岐に渡る。 2023年の刑法改正で「暴行・脅迫」要件が 見直された にも関わらず、「同意していないのなら、被害者は抵抗するはずだ」といった先入観が依然として根強いことや、被害者心理への理解不足などが背景にある。 司法手続きにおける二次加害をなくすために、何が必要なのか。性被害者を対象にしたアンケートの結果や、性犯罪事件の捜査・裁判の問題に詳しい専門家の話から考える。 警察官が「あなたにも落ち度」 元検事正からの性被害を訴えている女性検事のひかりさん(仮名)。刑事手続きでの二次加害に関するアンケートの結果を報告する記者会見で、「勇気を振り絞って助けを求めてきてくれているのに、被害者にとって最後の砦である検察が被害者を踏みにじってる現状が情けない」と訴えた=2026年3月2日、東京・霞が関 検察官として多数の性犯罪事件を担当し、現在は弁護士として犯罪被害者の支援に取り組む田中嘉寿子さんは、2014年に著書「性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック」(⽴花書房)で、警察官と検察官が性犯罪捜査で留意すべき点をまとめ、二次加害の防止の必要性を説いている。 警察では1990年代後半以降、性犯罪事件に精通した「性犯罪指定捜査員」の運用が広がっている。警察庁の 統計 によると、性犯罪指定捜査員は全国に約1万2000人で、うち女性は約8000人(2022年4月時点)。主に被害者からの事情聴取や実況見分などを 担当する 。 一方、捜査より前の段階で、最初に相談窓口などで被害者対応に当たる警察官は通常、この指定捜査員ではない。田中弁護士は、専門的な研修を受けている捜査員と、性犯罪事件の捜査に関わる機会が少ない警察官とでは、被害者への対応に依然として差があると指摘する。 大阪地検の元検事正からの性被害を訴えている 女性の検事 の支援者たちでつくる「女性検事を支援する会」は2025年、性犯罪被害者から見た捜査・裁判の問題点に関するアンケートを実施し、有効回答数は603件だった。 3月2日に東京都内で 記者会見を開いた アンケートチームによると、捜査機関に被害申告した人のうち、警察の捜査・処分に満足している人は25%、不満、違和感がある人は63%だった。不満、違和感があると答えた人に理由を尋ねたところ、「担当者が、性暴力被害者の心理を理解していないように感じた」と答えた人は29%で最も多かった。 警察の対応で傷ついたことに関する自由記述では、「『このような被害に遭わないように日ごろから気をつけなさい。あなたにも落ち度があった』と説教された」「(加害者への)メールに対して『絵文字なんて送ったら、男性は勘違いするかもよ』と言われた」といった訴えが寄せられた。 一方、検察の対応に満足している人は34%で、不満、違和感があると答えた人は54%との結果だった。検察の対応で傷ついたことを尋ねる質問には、「『自分から誘ったのでは?男を漁りに行ったんだろう』等の侮辱的なことを言われた」「『あなたは体を使った取引をして取材をしていたのではないか?』と聞かれた」などの声が届いたという。 「以前に比べて警察官の対応はだいぶ改善されている一方で、検察では、性被害者対応の研修が組織全体に行き渡っていないという課題があります」(田中弁護士) 「なぜ」と被害者に聞いてはいけない理由 田中嘉寿子弁護士(2026年1月撮影) 「性行為に同意していないのなら、なぜ逃げなかったのか、なぜ抵抗しなかったのか」といった問いかけは、警察官や検察官が被害者への聴取の際にすることも多い。 こうした聞き方の何が問題なのか。田中弁護士は、「抵抗・逃走しなかった理由を尋ねる質問は、『抵抗できたはずなのに、なぜ自分の意思で抵抗しない選択をしたのか』という意味になります。しかし被害者は、危機に対して神経生理学的に自動的に生じる凍結反応(※1)などにより抵抗不能に陥っており、自分でもなぜ抵抗できなかったのか分からないので、答えられず、被害が自己責任であるかのように『非難』されたと感じる結果、供述意欲を失うことにもつながりかねません」と説明する。 刑事手続きの中でこうした質問が繰り返される背景の一つに、被害者心理への理解不足があると田中弁護士は言う。 2023年の改正刑法で、衆参両院の 附帯決議 には、「捜査から公判等における各段階において被害者の心身の状態に十分配慮するよう努める」ことや、性犯罪の捜査・司法手続きに当たって、被害者の心理に関する心理学的・精神医学的知見について、調査研究を踏まえた研修を行うことが明記された。 田中弁護士は、こうした配慮や研修は全く十分ではないと指摘する。 改正前の刑法では、強制性交等罪の成立には「被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫を用いること」が必要とされてきた。改正後は、暴行・脅迫がなくても「被害者が同意しない意思を形成、表明もしくは全うすることが困難」であった場合には罪が成立することが明文化された。 だが実際には、「不同意なら抵抗するはず」という先入観が、捜査や裁判に携わる法曹関係者たちの間に今も根深く残っている。 「法曹の現場では、被害者心理を学ぶ機会がほぼありません。『嫌だったら抵抗しろ、逃げろ、助けを求めろ』と被害者に求めるのは、凍結反応を理解していないために出てくる発言です。凍結していたら、これらは全部できなくなります。 改正刑法で明文化された『予想と異なる事態(恐怖・驚愕)』(※2)は、凍結反応を前提にしている条文ですから、被害者にこの反応が起きうることが法律で認められたようなものです。なので、法曹に関わる人には『不同意だったら抵抗して逃げるはずだ』という誤った経験則を転換していただきたい。不同意でも、凍結していたり弱みを握られていたりする場合は逃げられません。 そうした被害者心理が裁判官にも周知徹底されていれば、捜査員や弁護人が『なぜ逃げなかったのか、なぜ抵抗しなかったのか』と被害者に聞くことは、そもそも無駄な質問になります」 また、被害者への聴取方法を学ぶ機会が欠如している問題もあるという。 「捜査官は被疑者の聴取をするとき、黙秘の場合を除いて『なぜ?』とあらゆる角度から聞くことを教育されます。それによって供述が本当かどうかを確かめます。だから被害者にも同じように、警察官や検察官は『なぜ?』と聞いてしまう。被害者聴取の専門の教育課程がないことも、こうした質問が繰り返される原因の一つです」 「なぜ」と被害者の内心を聞く代わりに田中弁護士が提案するのは、「どういうことから」と外部的事情を多角的に尋ねる方法だ。 「被害者に『(体格差、腕力差、周囲の状況、心身の凍結状態など)どういうことから、抵抗するのが難しかったですか?』『抵抗したら、相手に勝って被害を免れることはできましたか?』『抵抗したら、相手はどうすると思っていましたか?』などと聞くと、『抵抗しても相手の方がずっと強くて勝てない。相手を怒らせてもっとひどい目に遭うと思い、怖くて何もできなかった』といった証言が出てくることがあります。 抵抗しても勝てない、逃げても逃げ切れない、助けを求めても助けてくれるとは限らない、失敗すれば相手を怒らせて殺されるかもしれない。人は、不確実なことに命を懸けられません。警察官と検察官には、二次加害にならない聴取方法を実践してほしいです」 (※1)凍結反応(フリーズ)・・・人が危機や恐怖に直面した時に示す反応の一つ。突然重大なストレスに直面すると、心身が凍りついたように活動を停止してしまうことが、防災心理学や臨床心理学、神経生理学の研究(ポリヴェーガル理論)で知られている。 (※2) 不同意わいせつ罪・不同意性交等罪では、「同意しない意思を形成し、表明しもしくは全うすることが困難な状態」の原因となる行為・事由として、八つの類型が示された。このうち、「予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、もしくは驚がくさせることまたはその事態に直面して恐怖し、もしくは驚がくしていること」は、自分の身に危害が加わると考え、極度に不安になったり、動揺して平静を失ったりする状態(いわゆるフリーズ状態)を 指す 。 裁判所の経験則は「レイプ神話とほとんど変わらない」 刑事手続きにおける二次加害をなくすために、どのような仕組みや対策が必要なのか。 まず検察にできることとして、田中弁護士は、労働事件や児童虐待事件などと同様に「性犯罪の係検事制度を作ること」を提案する。 「係検事の制度ができると、係になった人を中心に、性犯罪の捜査に関する知見を集積する仕組みができます。最高検察庁に担当者が設置され、全国の係検事が集まって事例報告・協議をする会同や勉強会、研修会が開かれます。検察官個人の意欲に任せるのではなく、システム化していく必要があります」 また、裁判所に対しては「強姦神話に毒された経験則を改めてもらうしかありません」と苦言を呈する。性犯罪事件は、被害者の供述以外に証拠が乏しいことが多い。被害者供述の信用性を認めた下級審の判決に対し、上級審が「経験則」を用いて「不合理」だと断じ、無罪判決を出すケースも珍しくない。 女性への強姦罪(当時)に問われた被告に対し、最高裁が2011年に 逆転無罪判決を言い渡した 事件で、最高裁は「人通りがあり容易に助けを呼べる状況で、被告の脅迫を受けて後をついていったとする女性の供述は不自然」だと指摘した。その上で、女性の供述の信用性を認めた一、二審の判断を「経験則に照らし不合理」だとした。 近年では、強制性交事件で被害者証言の信用性を肯定し、2人の医大生を有罪とした一審・大津地裁の判決について、大阪高裁は2024年の判決で「論理則、経験則等に照らして不合理」だとし、 無罪を言い渡している 。 田中弁護士はこれらの判例に触れ、「嫌なら助けを求められるはず、逃げられるはずといった裁判官たちが言う『経験則』は、レイプ神話とほとんど変わらないと自覚してほしい」と求めた。 「例えば、地位に基づく影響力を利用した性暴力(※3)の場合、加害者がトップにいる組織から被害者が完全に離脱しない限り、被害申告することは極めて難しい。(被害申告すれば)被害者にとって、人生をかけるほど大事にしている職場や人との関わりを失うことになるからです。逆らえない弱みを突かれて、二回、三回となし崩しに性被害を受けることはしばしば起こります。 ですが、裁判官がそうした被害者心理を理解していないと、迎合するような行動を取る、複数回にわたって被害に遭うといったことが『被害者の行動として不自然、不合理』だと誤って判断してしまいます。まずは附帯決議に基づいて、被害者心理の研修を徹底し、裁判官の経験則を適正化してもらうことが第一歩です」 田中弁護士が良い取り組みの例として挙げたのが、イギリスで裁判官向けに作られた「 Equal Treatment Bench Book 」だ。裁判所に出廷する人たちが置かれた様々な状況への認識を深めることを目的に、イギリスの司法研修機関が作成・公開している。 この手引きは、子どもや脆弱な成人、障害者、性的マイノリティらが当事者・証人である事案のほか、性犯罪などの性、民族性、宗教といった章を設け、ケースごとに裁判所が考慮すべき点をまとめている。田中弁護士は、「日本にもこうした裁判官向けのマニュアルが作成・公開され、その内容が裁判員になる可能性のある一般市民にも広く知られることが必要ではないでしょうか」と提案する。 このほか、被害を訴えている人が、事件と無関係な性的経験など性的なプライバシーを法廷で聞かれるといった二次加害を受けないようにする、いわゆる「レイプシールド法」(※4)について、田中弁護士は「先進国で、レイプシールド法がないのは日本だけだ」と指摘。導入を検討するべきだとも強調した。 前出の性犯罪の捜査・裁判の問題点に関する アンケート では、被害を受けた後、捜査機関に被害申告した人は回答者のうち32%だった。一方、 内閣府の2023年度の調査 では、不同意性交などの被害に遭った人のうち、警察に連絡・相談した人は1.4%にとどまった。多くの性被害者が警察に相談できていない現状について、田中弁護士は「二次加害への不安は、警察への被害申告をためらう原因になる」と警鐘を鳴らす。 改正刑法は 附則 で、性被害の実態や性的同意に対する社会の意識を踏まえ、施行から5年となる2028年に施策の在り方を検討することを明記している。 アンケートを実施した「女性検事を支援する会」は今後、回答を分析し、その結果を警察庁、最高検察庁、最高裁判所、法務省などに提出して改正刑法の適正な運用の要望や法改正につなげたいとしている。 (※3)不同意わいせつ罪・不同意性交等罪では、「同意しない意思を形成し、表明しもしくは全うすることが困難な状態」の原因となる行為・事由の類型の一つに、「経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させることまたはそれを憂慮していること」が 盛り込まれた 。 (※4)被害者の性的な経験・傾向に関する証拠を、裁判で提出することを原則として禁止する法律。性犯罪に関する刑事法検討会で 論点の一つとなった が、法制化には至らなかった。 ▽田中嘉寿子弁護士 元大阪高検検事。1991年に任官後、東京地検や大阪地検などで勤務し、2025年3月に退官した。同年8月、弁護士として女性共同法律事務所(大阪市)に入所した。検察官の頃に武蔵野⼤学で⼼理学の学位を取得する。2022年から2年間、国際刑事裁判所(ICC)検事局に派遣され、戦争犯罪の被害者・目撃者である子どもの司法面接ガイドラインの作成に従事した。共著に「性暴力被害の実態と刑事裁判」(信山社)、単著に「性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック」(⽴花書房 ※2026年中に改訂予定)がある。大阪地検の元検事正が、部下だった女性検事に性的暴行をした罪に問われている事件では、女性の代理人を務めている。 (取材・執筆=國﨑万智) Related... 性被害を訴えた女性「裁判であれば全て正当化されるのか」。語った捜査と裁判の問題点【復興ボランティア無罪判決】 性被害者に警察官が「あなたにも落ち度」。刑事手続きでの二次加害、「改正刑法を蔑ろにしないで」と当事者ら訴え 復興ボランティア団体代表に無罪判決。知人女性への不同意性交の罪に問われていた 前橋地裁 ...クリックして全文を読む