リベラル劣勢な時代にどう闘う。共和党議員も味方にした初のトランスジェンダー下院議員に聞いた【米・サラマクブライド氏】

共和党がホワイトハウスと上下両院すべてを掌握した2024年の選挙で、トランスジェンダーを公表する連邦下院議員が当選した。デラウエア州で共和党候補を大差で破って当選した、新人のサラ・マクブライド議員だ。 彼女は トランスジェンダーを公表する初の連邦下院議員 として歴史に名を刻んだ。 だが、トランプ大統領が就任早々「アメリカには男と女しか存在しない」とトランスジェンダーの存在を否定。共和党議員らから露骨な嫌がらせを受けることになった。 それでも「挑発には乗らない」という姿勢を貫いた結果、マクブライド議員に対する差別的言動は減った。民主党だけでなく共和党議員からも信頼を得て、最初の1年で他のどの新人議員よりも多くの超党派の法案を提出するという実績を残した。 リベラルが劣勢な時代に、議員としてどう仲間を増やし、変化と進歩を掲げ続けるのか。マブライト議員に話を聞いた。 「挑発には乗らない」 ――下院当選直後に、トランプ派の共和党女性議員が「トランスジェンダーの人が議会の建物で出生時の性に合致しないトイレや更衣室の使用を禁止する」決議案を出し、下院議長(共和党)が支持しました。これに対してマクブライド議員は「議長の決定に従います。同意はしませんが」と応じました。2025年3月には小委員会公聴会で議長から「ミスター・マクブライド」と、自認する性と異なる敬称で呼ばれる、「ミスジェンダリング」の嫌がらせを受けました。滑り出しから大変だったと思いますが、新人議員としての1年はどのようなものでしたか? マクブライド議員:痛みと前進の入り混じった1年でした。でも何よりもまず、米議会の一員となる機会に恵まれたこと、デラウエア州の人々を代表する重い責務を与えられたことを心に留めています。議事堂を満たす歴史の重さも日々感じています。アメリカが特異な状況にある今、議会の一員となったことの重みをしっかりと受け止めています。 たしかに一部の同僚議員から受けたのは、温かい歓迎ではありませんでした。“プロの扇動屋”ともいうべき人々が、自分が注目を集めるために私を利用することは予想していました。ですのでトランスジェンダーの仲間たちには、私を嘲り、議員としての働きを邪魔するために、わざと喧嘩を仕掛けてくる連中がいるであろうことは選挙前から伝えていました。 私の仕事は扇動屋が期待する反応をしてやらないことです。残念なことですが、「ファースト(先駆者)」の責務は往々にして、侮蔑に耐えることでもあります。彼らは「ここにお前の居場所はない」と言うために嫌がらせをしてきます。とはいえ、当選直後からこれほどの攻撃を受けるとは思っていませんでした。 議会内の女性トイレを使うなという規則には賛同しませんが、多数派である共和党が支配する下院では抗う方法はありません。私にできるのは、嫌がらせをしているのは誰で、いじめられているのが誰か、人々に明確にわかるように示すことです。常軌を逸したヘイトに対して、品格と尊厳ある反応をすることで、人々は誰が正しくて誰が間違っているのかわかるはずです。 これは難しく、そして論議を呼ぶアプローチです。トランスコミュニティの中には私に対し「もっと反論すべきだ」という意見があるのは知っています。でも私はトイレに座るためではなく、議席を活かすために議会に来たのです。私の選択は正しいと思っています。もし攻撃されたのがより大きなLGBTQコミュニティであれば私は闘います。でも、私個人に向けられた攻撃ならば、「(叩かれていない)もう一方の頬」を差し出すでしょう。挑発には乗りません。 その結果として、民主党だけでなく共和党議員の中にも、私が真剣に政策に取り組む議員であることを理解してくれて一緒に仕事できる人が増えました。だからこそ、新人議員としてこの1年間に消費者保護から国際人権問題、LGBTQの権利擁護などさまざまな分野で他の新人よりも多くの法案を超党派で提出することができたのです。 地元デラウエア州に1億5000万ドル以上の新たな投資を呼び込み、2億ドルの交付金をもたらす一助になることもできました。一方、反トランス法案も提出されましたが、法律として成立したものはひとつもありません。人生で与えられるのは酸っぱいレモンですが、そこから甘いレモネードを作るのです。 下院外交委員会でルビオ国務長官に質問するマクブライド議員(中央) ――冷静な反応に対する批判もあったのですね。 マクブライド:ええ。私の周囲の人々は理解してくれます。多くの有権者も理解してくれました。でも、一部のトランスジェンダーの人の目には不十分と映ったようです。差別的行為に私がわかりやすく反発したり憤慨しないのは「差別行為を正常化」してしまうことだと感じた人もいました。 でも残念ながら、先駆者は常に侮辱に晒されるのです。1950年代、学校で人種統合が行われたとき、侮蔑的な言葉をかけられたアフリカ系学生たちは毅然とした態度でやり過ごしました。少数派は穏やかで尊厳ある姿勢を保つことで、ヘイトと自分たちを分けたのです。それが非暴力抵抗の理論です。 ――頭ではそう理解しても、つらいことに変わりはないですよね。 マクブライド:もちろん、侮蔑には傷つきます。人が見ていないところで涙を流すこともありました。傷つくのは、ジェンダー・アイデンティティをとやかく言われることではありません。私がトランスジェンダーであるのは誰でも知っていることだし、トランスであることに誇りを持っています。傷つくのは、相手が私より力があるのだと示すために、貶める力があると誇示するためだけに、誤った呼称を使うことです。 これまでに数回、議場でミスジェンダリング(自認する性と異なる性の敬称で呼びかける)されましたが、反応しないことによって相手が望む注目を与えませんでした。このため、今ではこうした行為はほぼなくなりました。彼らは私の呼称にこだわっているのではなく、注目を集めたかっただけ。だから注目してもらえなくなると止めるのです。この1年で何十回も委員会や本会議で発言しましたが、ミスジェンダリングを受けた回数は片手におさまります。 ―― 反応しないことの意義はわかりますが、委員会の公聴会で「ミスター」と呼びかけた男性議長に 「マダム議長」と応じた 動画は、見ていて痛快でもありました。 マクブライド:下院で最初にミスジェンダリングされたのは、初めて本会議場で演説に立った時でした。メアリー・ミラー議員が「デラウエア選出のジェントルマン、ミスター・マクブライド」と紹介したのです。演台に向かう途中でその言葉が聞こえ、傍聴席の人たちが笑っているのがわかりました。誇らしい瞬間になるはずの初スピーチで、とても傷つけられました。 その後で起きたのが、小委員会でのミスジェンダリングでした。私が「マダム議長」と応じた、あの対応が好きだと言う人はいます。でも、反応したために注目を集めてしまいました。即座に同僚議員が私を擁護してくれて、それは自然で美しい友情の発露でしたが、注目されたことで議長を喜ばせてしまいました。この議長はもう一度同じことをしましたが、やり過ごしたらそれ以上繰り返すことはしませんでした。 下院議員生活が始まったばかりの頃は、攻撃につぐ攻撃を受け、屈辱的な出来事がいくつもありました。でも極右議員たちの挑発に乗らずにいるうちに、共和党議員の中にも私が真剣で実質的な議員で、共に仕事のできる人間だと理解してくれる人が増えてきました。共和党議員たちから「議会へようこそ」や「今度コーヒーでも」、「共和党議員の所業が申し訳ない」といった言葉をかけられるようになりました。そして何人もが「議員みんながあんな連中ではないことを示すために、超党派で一緒に働こう」と言ってくれました。 予想外の友を得たわけですが、侮辱に対して別の対応の仕方をしていたら得られなかった味方だと思っています。 地元デラウエアの人々の話に耳を傾ける 政策は「アンディへのラブレター」 ――下院議員としての最優先課題として、人権問題と並んで医療保険制度、有給の介護・看護休暇、経済など人々の生活に直結した分野の課題を掲げています。これは癌のために28歳で命を落とした亡き夫アンディ(4歳年上のトランスジェンダーの男性)を介護した経験からきているそうですね。 マクブライド:私の人生に最も大きな影響を与えたのは、アンディとの関係です。私は「ファースト」になるために議員を目指したわけではありません。社会を変革するためです。2020年に州上院選に出たのも、2024年に下院選に出たのも、アンディのケアをした経験があったからです。 アンディは弁護士として、人々が医療保険に入れるような制度改革をライフワークにしていました。癌の診断を受けた時、適切な治療を受けられる保険に入っていることと、彼も私も仕事の柔軟度が高く、治療に専念する彼を私がそばで介護することができたのがどれほど幸運かを実感しました。保険があってもアンディの命は救えませんでしたが、それでも最後まで彼は幸運だと感じていました。 それと同時に、世界で最も豊かで発展したアメリカで、こうしたことが「幸運」で得られるものであってはならないと私たちは思ったのです。法律で保障されていなければいけない。そのために私は有給の介護・看護休暇と皆保険を確立するために州上院に立候補したのです。実際、デラウエア州では医療保険を拡充し、安心して家族の介護・看護ができるように、医療社会サービス委員会の議長として有給介護・看護制度法の成立を主導しました。下院でも国民皆保険と有給介護・看護休暇の制度を勝ち取ることを優先課題にしています。これがどれほど大事なことか私は身をもって知っているからです。 今でも毎日、彼のことを想います。日々、彼ならどうしただろうと考えます。ある意味、州議会でも下院でも、私の政治活動はすべてアンディへのラブレターでもあります ――自伝の中に、アンディとの約束とも言える「破ってはならない第一原則」の話が出てきます。自分が性的マイノリティであることを隠してLGBTQを批判する人の偽善を暴くことの是非について、アンディが「すべての人が人生を自由に生きていけるべきであり、性的指向やジェンダー・アイデンティティに関しても、自らの必要に応じて適宜判断できるようでなくてはいけない」という大原則です。これに照らして、偽善者であっても、本人の性的指向や性的アイデンティティを暴いてはならないと説いていました。これは今もあなたを導く原則ですか? マクブライド:そうです。今言葉にするなら、より広く「人はみな生まれながら尊厳を持つ」と言った方がいいかもしれません。どんな酷い差別主義者やいじめっ子でも、それがその人のすべてではない。SNSは極論を増幅したり、人の本能の最悪の部分を引き出したりしますが、誰にでも善良な部分はある。それを引き出すには、自らが品格をもって相手に接することが必要です。誰もが敬意と尊厳をもって扱われる世界を作るためには、まず自分が敬意と尊厳をもって相手を見なくてはならないのです。 アフォーダビリティに関する下院民主党議員団の記者会見で演説するマクブライド議員(中央) ――軽蔑すべき相手に対して、どうすれば、そんな姿勢が取れるのですか? マクブライド:私たちに他の選択肢はありません。私たちは賢く闘うしかないのです。 民主主義社会において、人々の心と理性を勝ち取り、選挙に勝って多数派を握るためには、私たちは人々を説得して味方に引き入れなければなりません。民主主義を救い、周辺に追いやられている人々を極右と独裁主義者の攻撃から守るために、私たちは喜んで「不完全な同盟」を受け入れます。 人は最初から完全なわけではありません。成長するのです。もし100%仲間かそうではないかを基準に同盟を組むなら、私たちは極めて純粋で倫理的だと自己満足する収容所の住人になってしまうでしょう。 ――リベラルが理想を掲げるが故に些細な差異から集結しづらいのに対し、保守派は「カネ」など共通する利害関係で結束しやすいという傾向はないでしょうか。 マクブライド:たしかに「カネ」は大きな要素です。アメリカでは、大企業の莫大な資金に裏打ちされた保守派の組織的広告や攻撃が功を奏しています。加えて、「昔は良かった」という懐古主義は人々を結びつけやすい。知っているもの、馴染みのある場所に「戻ろう」というのはわかりやすい。 一方で変化と進歩は、複雑で不透明で不安を招きます。こうした単純でなくニュアンスのある議論をわかってもらうのは、簡単なことではありません。怒りと後退に根付く単純な政治に比べて、変化と進歩を掲げるリベラルはそもそも不利な闘いをしているのです。まだ見ぬ未来のためにリスクを取ることを納得してもらうのは難しいのです。 「希望の危機」の時代の希望 ――希望を持ちにくい「希望の危機」の時代とも言われますが、どこに希望を見出していますか? マクブライド:どこに希望を見出すか? 「ミリオンダラー・クエスチョン(答えがわかれば100万ドルもらえるほど難しい問い)」ですね。 私が希望に満ちた自伝を書いた頃、あるいはオバマ政権のホワイトハウスでインターンした頃と今とでは状況が大きく変わっています。あの頃、希望は今よりずっと自然な感情だったかもしれない。目標に向かって努力すれば、変化はやってくると思うことができました。でも歴史を振り返れば、あんな変化の時代は例外だったのです。 議員として下院に登院するたび、私は議場を満たす歴史の気配を感じます。南北戦争(1861〜1865年)の少し前に現在の場所に移ってきた議事堂は、1865年に公式に奴隷制を廃止した米憲法修正13条が採択された場所であり、1920年に女性の参政権を認めた修正19条が採択された場所であり、1933年から1935年にかけてのニューディール政策を進めた場所であり、1964年の公民権法が採択された場所であり、オバマ政権下でメディケア(高齢者向けの連邦医療保険制度)とメディケイド(低所得者向けの州と連邦共同の医療保険制度)を成立させ、医療保険制度改革法(通称オバマケア)を採択した場所です。 現在から歴史を振り返ると、こうした変化は「不可避のもの」のように思えます。でも、こうした改革を夢見て、そのために闘った活動家や政策提言者、議員や市民にとって、成果を手にするまでの何カ月、何年もの間、進歩や変化は「不可能」に思えたはずです。 ですから、今、私たちが、希望がないと感じるとしても、その希望のなさが1850年代に奴隷だった人にとっての希望のなさや、大恐慌時代の失業者の希望のなさ、そして、1950年代にクローゼットの中にいて、ありのままの自分として生きていける時代が来ることなど夢にも思わなかったLGBTQの人たちにとっての希望のなさよりも大きいなんて言える人はいないでしょう。 彼らには諦める理由がいくらでもあった。でも諦めなかった。トンネルの先に灯りは見えなかった。それでも諦めなかった。希望をなんとか見つけ出して灯りを探して、世界を変えたのです。先行世代にそれができたなら、私たちにもできるはずです。独裁主義はシニシズム(冷笑主義)の中で繁栄します。希望を保ち、人々が変化する力を信じ続けてこそ、民主主義は生き残ることができるのです。 フロリダでLGBTQの権利擁護のために活動する友人のネイディーン・スミスがこんな言葉を教えてくれました。私たちは今「スリング・ショット・モーメント」にいるのだと。スリングショット(Y字のゴム銃)で弾を撃ち出す前にグッと手前に引きますね。この引きがあるからこそ、弾は前に飛ぶ。力づけられる言葉です。 ――最後にお聞きします。この1年の経験を経ても、幼い頃から抱いてきた政治への愛は変わりませんか? マクブライド:ええ、もちろん。政治は最も多くの人に、最も多様な方法で、最も多くの変化をもたらすことのできるものだと今も信じています。 アフリカ系住民、女性、恐慌時代を生きた労働者……政治が自分たちの必要なものをもたらしてくれると信じる理由は何もなかったのに、彼らは粘り強く政治的変革を求め続けた。対立と差別にまみれて後退を続ける今のアメリカ社会でも、私は政治が機能すると信じています。政治が時間とエネルギーを割くに値しないと思うことはできません。政治が多くの変革をもたらすのをこの目で見てきたから。 サラ・マクブライド 1990年、弁護士の父と元ガイダンス・カウンセラーの母のもとに生まれる。兄がふたりいる。幼い頃から政治に興味を抱き、中学時代に家族の知り合いだったジャック・マーケル(のちのデラウエア州知事)の選挙運動に関わるようになる。政治活動が盛んな首都ワシントンにあるアメリカン大学で学生会長に選出されキャンパス改革に邁進。政治に関わって生きていく未来は容易に開けそうな一方で、「本当の自分」でなければ意味がないと考えるようになり、学生会長の任期最終日にトランスジェンダーであることをFacebookと学生新聞で公表した。その後、ホワイトハウスでインターンをしている時に運命的な出会いをする。医療保険問題を専門とする弁護士アンディ・クレイ(祖父はスーパーコンピュータの父と呼ばれるシーモア・クレイ)だ。だが、彼は若くして進行性の癌になってしまう。LGBTQコミュニティのための活動家をしつつ、アンディの看病をした経験が、現在のマクブライド議員の政策課題に直結している。2020年にデラウエア州上院に当選。2024年連邦下院に当選して、2025年1月より下院議員。 著書『Tomorrow Will Be Different – Love, Loss and the Fight for Trans Equality』(Three Rivers Press、2018年)は、幼少期から抱えていた心と体の不一致からくる苦悩や、カムアウトして社会変革への道を歩み始めるまでが情感豊かに描かれる。マクブライド議員のやさしさ、賢さ、強さが詰め込まれた一作。この本の日本語版を出版すべくクラウドファンディング実施中(4月20日まで)。同サイトの「活動報告」で本書の序章を公開している。 https://greenfunding.jp/thousandsofbooks/projects/9231 Sarah Mcbride Related... アメリカ初、トランスジェンダーを公表する連邦下院議員が誕生へ トランスジェンダー女性の議員をミスジェンダリング。米議員が批判され、公聴会を突然終了させる 「あなたは男か女か」。トランスジェンダーの次期州上院議員、性別を聞く失礼な質問に見事な回答 ...クリックして全文を読む