編み物や刺繍が、家父長制に「抵抗」する力になる。「女らしくて古臭い」という偏見を変えた、手芸とフェミニズムの歴史

今ブームとなっている編み物や刺繍などの手芸には、フェミニズムなどの社会運動を支えてきた歴史がある。 既製品ではなく、自分の手でものを作り、それを身につけて暮らしたりデモに参加したりすることで、意思表示の手段として手芸を使い、社会に変化を訴えかけるというものだ。 手芸は、どのように女性たちの連帯のシンボルとなったのか。またその一方で、手芸をする男性への社会の眼差しは、どう変化してきたのだろうか。 「『ものづくり』のジェンダー格差」(人文書院)などの著書を持つ、奈良女子大学教授の山崎明子さんに聞いた。 【 手芸が「女性のもの」と見なされてきた歴史的背景について聞いたインタビュー前編はこちら 】 山崎さんは奈良女子大の学生らと「中庭手芸部」の活動を行っている。2月には中庭手芸部が出張して、京都市立芸術大学にてアートとジェンダー研究会と共に活動した 手芸は「古臭い」ものではなく、女性が共有する技能 ──手芸がフェミニズムなどの社会運動を支えるようになった背景は? 1900年代のイギリスの女性参政権運動(サフラジェット運動)で、女性は参政権や仲間たちの存在を訴えるために、刺繍でバナーを作り、デモ行進をしました。70年代のフェミニストの手芸作品も、個人的なものは政治的なものというフェミニズムのスローガンを元に、個々の家庭生活の背後にある社会構造の問題を表現してきました。 一方で、 手芸は「女らしさ」と結びつけられてきたので、フェミニズムの中では「女らしい、古臭いもの」として切り捨てられてしまう場面が少なくありませんでした。 そこから今のアクティビズムにつながるまでに大きな影響を与えたのは、フェミニストで美術史家のロジカ・パーカーです。パーカーは著書「The Subversive Stitch: Embroidery and the Making of the Feminine」(破壊的なステッチ:刺繍と女らしさの創造、1984)で、 針仕事は女性を抑圧してきたが、それゆえに針仕事こそがジェンダー構造を破壊する可能性をもつことを示しました 。 ──パーカー氏は針仕事をどのように捉えたのでしょうか。 世界のあちこちで女性がみな手芸をした時代があったということは、習得した技術が共有されていたということ。手芸を「女らしく古臭い」と捨てたり否定したりするのではなく、女性が共有する技能、財産だと捉え直しました 。 歴史の中で、女性が作ったものには価値がない、女性は何も作らず消費ばかりしてきたと言われてきましたが、実際はそうではない。男性の言葉で語られ、規定されてきた手芸の歴史を見直し、新たに編纂する動きが広がりました。 家父長制や資本主義など、社会から抑圧的な力がかかった時、権力やお金という権威的なものではなく、身近な布や糸を使った「抵抗の文化」としての手芸の表現を生み出したのは、意思表示の手段として非常に有効でした 。 ストリートアートの手法にも、電柱や木など公共物をカラフルな編み物で覆って政治的な表明を行う「ゲリラニット(ヤーンボミング)」があります。公共空間に手芸を持ち出すことで、女性が家庭の中に閉じ込められてきたことを顕在化させ、フェミニズム運動の一環とも言われています。 木をニットで囲ったヤーンボミング(イメージ) 「男らしさ」から逸脱した行為とされた手芸 ──今は若い男性も編み物をやっており、「編み物男子」と呼ぶメディアもあります。こうした呼び方はどうみていますか? 「編み物男子」とカテゴリー化されるのは、手芸文化が女性のものだとされてきたから。男性の手芸研究はまだ少ないですが、イギリスの研究者ジョセフ・マクブリンは2021年に「Queering the Subversive Stitch:Men and the Culture of Needlework」(破壊的なステッチをクィアする:男性と針仕事の歴史)という本を発表しました。先ほどのロジカ・パーカーの議論に対し、「針仕事は本当に女性のみの営みなのか」と問う本です。 パーカーはフェミニズムの視点で、女性が社会参画から排除されたことや手芸が正当に評価されてこなかったことを問題にしていますが、 マクブリンは「手芸とは女と弱虫がするもので、男らしさとは針仕事を放棄することだと定義されてきた」と指摘しました。単に「男性だって手芸をしてきたんだ」と主張するだけでなく、針仕事と「男らしさ」の関わりを読み解いたのです 。 ──針仕事をしていた男性は、どのような人たちだったのでしょうか。 修道僧や刑務作業として男性が針仕事をしていました。 いずれも、経済力があり支配的な地位にいる「男性」とは切り離された位置にいる男性で、手芸は「男らしさ」から逸脱した行為とみなされました 。針仕事をする男性は女性化、幼児化される傾向にあり、マクブリンは「男性の針仕事は同性愛への偏見が重ねられている」とも論じています。 日本でも、明治時代から戦後にかけては男性が手芸に興味を持てば「女のようだ」だと笑われ貶められる社会でした。今ジェンダー格差が少しずつ縮んでいるからこそ、手芸をする男性への目線も変わってきています。 一方で、同じものを作っても、女性の手芸は「当たり前」だからと、男性の手芸だけを取り上げて称賛することは、やはり注意深く見る必要があるでしょう。手芸をすることが「女らしい」とされ、手芸をする男性に偏見が向けられてきた歴史を踏まえず、今の男性の手芸を「新しい現象」と切り取ってもてはやすことは、既存のジェンダーバイアスの強化に過ぎません。 「目を見ないで話していい」コミュニティの役割 アーティストの宮田明日鹿さんが石川県珠洲市で立ち上げた「本町手芸部」(撮影:松田咲香) ──2001年のアメリカの同時多発テロ事件以降、集まって編み物をするニットカフェが注目され、日本でも被災地に手芸グループが生まれています。山崎さんも大学で「中庭手芸部」の活動をしているとのことですが、こうしたコミュニティの役割は? 1800年半ば以降、アメリカの開拓時代に「キルティング・ビー」という女性たちのキルトイベントが広がりました。小さな布を縫う時は各々が家の中でやるのですが、キルティング・ビーの日は近所に集まって、布と中綿を一気に縫い合わせて大きなカバーを作る。 女性たちは普段、家の中で孤立させられているけれど、キルティング・ビーは、キルト作りという労働を共有し、会話をする空間になってきました 。女性たちは手芸を口実にして、対話の場を生み出そうとしてきたのです。 その上で、現在の手芸をする空間をどう位置づけるか。 学生たちとの中庭手芸部では、正面からきっちりと意見を交わし合うような「対話」とは違った効果を感じています。一緒に編み物をする時は、誰かが話し始めても見返したりせず、手元に目を落としながら応答するんですね。 学生たちは「人の目を見て話しなさい」「顔を上げないことは失礼」と学校教育の中でトレーニングされています。 情報を漏らさず聞くスキルや、効率的な会話が重視される社会で、編み物しながらゆるく流されていく会話や、目を見ないで話せる空間が、安心できる場所になり得るのだと思います 。 編み物をするコミュニティとしては、ゲイコミュニティや被災地の手芸グループもあり、参加者の中には深く傷ついた経験を持つ人が含まれているかもしれない。 誰かと一緒にいたいし人の話を聞きたいけど、自分の話をするのはしんどい。そんな中で、顔を上げず黙って相槌を打つだけでも許される空間です 。 ──注目している日本の手芸グループや活動はありますか? 山姥のプロジェクト「政治的な手芸部」で2025年に作成した「抵抗」バナー(撮影:間部百合) 一つは、 フェミニズムをテーマに編み物や刺繍をする活動を2019年から続けている手芸グループ「山姥(やまんば)」 。「政治的な手芸部」というプロジェクトでは、毎年「人権」「抵抗」などのバナーを作っていて、2026年は「反戦」だそうです。ネットで参加者を呼びかけ、各地から刺繍された布が集まって、一つの大きなバナーに縫い合わせられる。山姥は毎年国際女性デーに、バナーを掲げて東京のデモを歩いています。私も1〜2枚の小さな布に、色々な思いを込めて刺繍をして送っているのですが、遠方のためデモには参加できていません。 デモに立てない人でも、地方からでも、パーツを送ることで社会運動の一端を担える。手芸が社会に働きかける力の広がりを感じています 。 山姥は2025年、「抵抗」のバナーを持ってウィメンズマーチ東京に参加した(撮影:ちひろ) もう一人は、 名古屋で2017年から「港まち手芸部」を続けているアーティストの宮田明日鹿さん。震災のあった石川県珠洲市などでも手芸部を立ち上げて、「手芸を家の外に出す」ことの実践の場を作っています 。手芸部では、宮田さんが講師となるわけでもなく、地域の人たちが主体となって手芸やおしゃべりをしている。年代や立場、考え方も異なる人たちがゆるやかに関わりを持ち続けるという、宮田さんのコミュニティを再編する力が発揮されていると思います。 一緒に手芸をすることは、目に見える成果を生むわけではありません。他者との関係を結びながら長く続けることに意味があると思います。 宮田明日鹿さんは、パレスチナのシンボル「スイカ」を編めるキットを販売。収益はパレスチナ支援団体に寄付している (取材・文=若田悠希/ハフポスト日本版) 【山崎明子さん】 奈良女子大学教授。専門は視覚文化論、美術制度史、ジェンダー論。著書に「『ものづくり』のジェンダー格差 フェミナイズされた手仕事の言説をめぐって」(人文書院)、「近代日本の『手芸』とジェンダー」(世織書房)など。 関連記事 「手芸=お母さんの愛情」はなぜ生まれたのか。手芸の歴史と編み物ブームから考える、社会の変化 ロッチ・コカドさんが43歳で見つけた趣味は「ミシン」。大量生産で綺麗なものより「不完全さ」が自分らしい【インタビュー】 ミラノ五輪でも編み物ブーム。なぜアスリートはこの素朴な趣味に夢中になるのか ...クリックして全文を読む