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『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない』、韓国人女性へのインタビュー集が浮き彫りにした「誰かの犠牲が前提」の社会 | Collector
『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない』、韓国人女性へのインタビュー集が浮き彫りにした「誰かの犠牲が前提」の社会
ハフポスト日本版

『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない』、韓国人女性へのインタビュー集が浮き彫りにした「誰かの犠牲が前提」の社会

激動の時代、国を陰で支えてきたのは「正社員」には数えられない無数の女性たちだった――。 「名刺」はないけれど、早朝から深夜まで家事や育児をこなし、食堂や工場で必死に働き、社会を支えてきた韓国人女性たち。彼女たちへのインタビューを一冊にまとめた書籍の日本語訳版、『 私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない 韓国、女性たちの労働生活史』が2025年7月、大和書房から出版された。 3月は女性史月間。必死に働き、社会を支えてきた韓国の女性たちの「労働生活史」から、日韓の女性たちが生きる社会を考える。 『 私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない 韓国、女性たちの労働生活史』(大和書房) 同著は、韓国大手新聞社「京郷新聞社」のジェンダー企画班が、市井の女性たちを取材したものだ。 企画のために、記者や写真記者、プロデューサーなどが集まり、特別取材班が構成され、2021年10月から取材を開始した。 朝鮮戦争や韓国経済に大きな打撃を与えた「IMF危機」、新型コロナウイルスなど、激動の韓国社会を支えてきた50〜70代の女性たちを一人ずつ丁寧に取材。韓国の現代史の中で「いなくてはならなかった女性たち」の、表立っては評価されてこなかった「仕事」や「人生」に焦点を当てた。 取材に応じた女性たちの多くは「名刺」や「肩書き」を持たずに働いてきたが、家の外での仕事のほか、家事・育児・介護などの無償ケア労働(アンペイド・ケアワーク)も含め、昼夜問わず働き続けてきた。 本のタイトル『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない』は、そのような女性たちの思いを表現している。 インタビューの間には、ジェンダー企画班による社会考察や分析、政府による統計データのグラフも多く挿入されており、韓国社会の「全体図」や働く人々をめぐる社会課題なども分かりやすく説明している。 無償ケア労働や性別役割分業による搾取について浮き彫りにしながらも、女性たちの人生を讃えるインタビューは韓国でも高く評価され、多数の報道賞を受賞した。 「女性だから」と進学や夢を諦めさせられ、家事や育児を全て負担していた 『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない 韓国、女性たちの労働生活史』 取材に応じた女性には、家父長制や男尊女卑的な考え方のもと、「女の子だから」という理由で進学を諦めさせられ、兄や弟たちの進学を家事労働で支え、「女性だから」家事や育児をほぼ全て負担してきた人も少なくなかった。 インタビューでは、女性たちから「もう一回生まれ変わるなら、自分のために生きてみたい」「やりたいことを諦めたことを一番後悔しています」との声も。 「女性だ」という理由で差別されたり、諦めたりしたことについて、疑問を持ち、声を上げることも難しい時代だったとし、こんな思いも語られた。 《私が男でも同じ経験をしただろうかと考えたこともあったけど、それが自分の思い込みかどうかを相談できる人もいなかった》 また、結婚し、子どもを産んだ時から、名前では呼ばれず、誰々のお母さん、誰々の妻、嫁と呼ばれて生きてきた女性たちの「モヤモヤ」も綴られた。 《『家の人』と言われることには慣れましたが、それでも胸の内では、誰かの母や妻ではなくて、自分自身を見つけたいという気持ちが強くあった》 同著によると、「家の人」という言葉は、2008年に韓国国立国語院と女性政策研究所が差別用語だと指定しているが、韓国では、結婚後に家事を主にする専業主婦のことをそう呼ぶことがあるという。 無償ケア労働が「やりがい」として語られ過小評価される状況に「違和感」 『私たちに名刺がないだけで仕事してこなかったわけじゃない 韓国、女性たちの労働生活史』より この本を手に取った日本の読者は、女性たちのインタビューを読みながら、自分の母親や祖母のことを思い浮かべるかもしれない。 国の状況や時代背景は異なれど、インタビューに応じた韓国の女性たちが経験した困難には、日本の女性たちも直面してきた。 日本語版の出版にあたり翻訳を担当した、翻訳家のすんみさんと尹 怡景(ゆん いきょん)さんに、翻訳する上で感じた、日韓両国に通じる女性と仕事をめぐる社会課題について聞いた。 ハフポスト日本版の取材に、韓国・ソウル出身で慶應義塾大学大学院で文化人類学を学び、訳書に『差別はたいてい悪意のない人がする』(キム・ジヘ、大月書店)、『家族、この不条理な脚本』(キム・ジヘ、大月書店)などがある尹怡景さんは、以下のように指摘する。 「紹介されている女性たちの経験は、日本社会の現実とも重なります。私自身も日本で生活する中で、無償のケア労働が個人の選択や『やりがい』として語られ、過小評価されている状況に違和感を覚えてきました。そうした『見えにくい労働』を記録し、可視化する点に本書の大きな意義があると感じています」 その背景には、どのような社会の動きがあり、現在ではどのような状況なのだろうか。 韓国・釜山出身で、早稲田大学大学院文学研究科を修了。訳書に『コマネチのために』(チョ・ナムジュ、筑摩書房)、共訳書に『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』『失われた賃金を求めて』(イ・ミンギョン、タバブックス)などがある、すんみさんはこう語った。 「韓国では、効率のいい経済成長を優先した結果、女性が家庭内での家事やケアといった『再生産労働』を無償、あるいは低賃金で担うことを強いられてきました。経済の低成長によって『男性扶養型』システムが機能しなくなった今もなお、『女性の仕事』とされる労働が低賃金のまま据え置かれている状況は続いています」 そう分析した上で、性別に基づいた搾取をなくすために必要とされる対応については、以下のように指摘した。 「ケア労働などのエッセンシャルワークがいかに社会の基盤を支えているかを再認識し、誰かの犠牲を前提とする従来のシステムでは、もはや持続的な経済成長は望めないという共通認識を持つことが、今まさに強く求められています」 韓国での課題、日本でも。女性の非正規雇用率は男性の2倍 家事・育児・介護などの「無償ケア労働」の女性への比重の偏りや、非正規雇用、男女間賃金格差などは、日本でも大きな問題となっている。 政府の統計によると、日本での女性の非正規雇用率は 53% で、男性(22.5%)の約2倍の水準だ。 女性の正規雇用率は20代後半をピークに低下し、30代以上の年代は非正規雇用が中心となる「L字カーブ」の問題がある。 出産や育児をきっかけに、正規雇用で働くことが難しくなったり、非正規雇用の仕事しか見つけられなくなるという課題があり、非正規雇用では育児休業制度の利用も割合が低くなっている。 そのような背景もあり、男女間の賃金格差も依然として大きい。厚労省の統計によると、2024年の賃金を100としたときの女性の給与水準は 75.8 。 正規雇用で働く女性が増加したこともあり長期的に見ると縮小傾向だが、OECD各国と比べると、男女間の格差はまだまだ大きい。 【あわせて読む】 韓国で強まる性教育への「バックラッシュ」。ディープフェイクなどデジタル性犯罪が増える今だからこそ「包括的性教育」が重要なワケ Related... 私たちが知らない、彼女たちがここに来た理由と人生。「すっぽり歴史から抜けていた」。戦争と貧困、差別の中を生き抜いた姿が伝えること ドラマ『パチンコ』が描いた、大阪のある街の歴史と“今”。コリアタウンがある背景知らない人も…。学べる場所を作る意義 「いかに対立を和解に繋げていくか」日中韓の生徒が同じ歴史教材で学べるように。3カ国の研究者が共に教材をつくった背景 ...クリックして全文を読む

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