ハフポスト日本版
アメリカ・ニューヨーク市庁舎付近の路上で、マムダニ新市長の就任演説を聴く支持者 アメリカでもっとも裕福な上位1%は、アメリカの富の30%以上を保有──。 これは今年はじめに米連邦準備制度理事会によって発表された数字だ。1989年に記録が始まって以降、1%が占める富の割合として最高水準だという。 「世界の富裕層1割が世界の富の何割を保有」という報道がされ始めたのはいつ頃だろう。 ちなみにアメリカの上位10%が保有している富はというと、68%強。確実に、富裕層による富の集中は進んでいる。それはグロテスクなほどの格差が進行していることと同義だ。 そんなアメリカ・ニューヨークで昨年11月、「民主社会主義者」を名乗る市長が誕生した。インド系移民でイスラム教徒のゾーラン・マムダニ氏(34歳)だ。 彼は家賃上昇の凍結や公営バスの無料化などを掲げ、物価高騰に苦しむ人々から絶大な支持を集め、当選。 翻って日本も、4年以上にわたる物価高騰にホルムズ海峡封鎖がさらに拍車をかけている状態だ。 それだけではない。家賃や住宅価格もこのところ高騰を続けている。 不動産ポータルサイトLIFULL HOME’Sを運営するLIFULLによると、昨年9月時点で東京23区のファミリー向け物件の平均掲載賃料は約24万円。シングル向けで約12万円。1年前と比較して13〜15%アップとなっているそうである。 住宅価格もうなぎのぼりだ。東京23区の新築マンション平均価格は今や1億4000万円に迫る勢いである。いったい、誰がそんなものに手を出せるというのだろう。最近、ある大手新聞社の人と話したのだが、そこに夫婦とも勤めているいわゆる「パワーカップル」でさえ、23区の不動産にはすでに手が出ない状況だという。家賃・住宅価格の高騰は東京都に限った話ではなく、全国的に起きている。 そんな中、3月14日には「家賃高すぎ。何とかしろ!デモ」が東京・新宿で開催され、私も参加した。 このデモは家賃高騰を受けて企画されたということで、「住宅扶助、住居確保給付金の引き上げ」「特に急騰する東京都の家賃補助」「公営住宅の新築、建て替え、質向上」「性、障害、国籍等属性を利用にした入居差別禁止」「保証人がいなくても入居できる公的保証制度」などを求めていたのだが、印象的だったのは「家賃ブレーキ制度の導入」。 これは上限額を超える家賃引き上げの禁止。ドイツでは2019年、市民によるデモが起き、家賃ブレーキ法ができたのだという。こういう規制、今こそ日本にも必要ではないのだろうか。 さて、マムダニ氏は市長選にあたり、高騰を続ける「家賃上昇の凍結」を掲げたわけだが、そんなマムダニ当選の背景について4月11日、反貧困ネットワークの全国集会で三牧聖子さんにお話ししていただいた。 「億万長者の億万長者による億万長者のための政治?」と題された講演では、ビリオネアどころかトリオネア(保有資産額が一兆ドル以上の富豪)になろうかという大富豪に囲まれるトランプ大統領が進める数々の暴挙と富裕層への富の集中、またトランプ大統領の「ガザ・リゾート計画」などが論じられた。そんな中、登場したのが生活に密着した政策を掲げ、イスラエルの軍事行動を厳しく批判するマムダニ氏。その選挙戦についてなどが語られた。 印象に残っているのは、「アイデンティティ政治とは距離を置き、物価高問題という共通課題に注力した選挙戦」だったということだ。 そんなマムダニ氏の当選は世界中で「トランプ的なるもの」に疑問を持つ人々にとって大きな希望となっているわけだが、他国でも近い動きはある。 例えば今年3月のフランスの統一地方選では、マリ系移民の家庭に生まれ、公営住宅の充実などを訴えたバリ・バガヨゴ氏がサンドニ市長に当選。それ以外にもこの地方選では左派が主な都市で当選している。 そんなマムダニ市長についての本を最近、読んだ。それは『 社会主義都市ニューヨークの誕生 』(学芸出版社)。 龍谷大学名誉教授の矢作弘氏によるもので、70年代に財政破綻し、80年代にジェントリフィケーションが起き、21世紀にはさらにそれが激しくなり、そこに家賃高騰が重なって中間層以下から悲鳴が上がった経緯などを詳しく振り返り、なぜマムダニ氏が当選したかがその政策とともに綴られる。 キーワードは「Affordable」(アフォーダブル)。直訳すると「手頃な・良心的な価格」というものだが、本書では「暮らしやすい」と訳されている。 そんな「暮らしやすいニューヨーク」のために掲げた看板が「大きな政府」のマムダニノミクス。以下、本書からの引用だ。 「無料バスを走らせる、子ども保育や市立大学の授業料を無償化する、家賃を凍結する……。暮らしのコストに焦点を合わせている。政治が取り組むべき真正面の課題に『暮らし』を置いている。 財源を、荒稼ぎしている大企業/金持ちへの課税強化で確保し、格差と不平等の緩和を目指す」 他にも最低賃金引き上げなどを掲げていたわけだが、このようなことは日本でだって少なくない政党が訴えている。「金持ちから取れ」も含め、私は非常に真っ当な主張だと思うのだが、なぜかそのような政党の支持率は低迷しているという現実がある。手垢がついたように思われるのか、それとも「実現不可能」な「綺麗事」に思われるのか。 しかし、マムダニ氏はそれを可能と思わせることに成功した。功を奏したひとつが、市井の人々と対話する姿をSNSで発信したことだ。 「マムダニは、2024年の大統領選挙でトランプに投票した街区に敢えて足を運び、『どのようなAffordabilityの危機を抱えているか』『なぜ、トランプに投票したのか』を丁寧に尋ねることに徹した。その問答をSNSに流した。その時の基本的な姿勢は、〈We have to listen more and lecture less(できるだけ尋ね、説教しない)〉。話し手の立場に立ち、上から目線の問答はしない──だった。それがマムダニに対する信頼度と好感度を高めた」 本書には他にも「好感度」と「対話」に関する重要なエピソードがある。 大企業課税、富裕層課税の強化を訴えるマムダニ氏の立候補に不動産ディベロッパーは「反マムダニキャンペーン」を仕掛けたのだが、なんとマムダニ氏は業界の大ボスに面談の約束を取り、オフィスを訪ねるのだ。 そこでマムダニ氏は聞き、尋ねることに徹し、自説を主張せず、議論することをせず、丁寧な受け答えに終始したという。 「『敵陣』に乗り込むのに、気負いや突っ張り感はまったくなく、『温和で愛される雰囲気がたっぷり』『育ちの良さと賢さに満ちていた』という。面談した人は、会って話をすると、マムダニを助けたくなる気持ちになる」そうなのである。 結果、業界の大ボスの心は鷲掴みにされる。それだけではない。 「マムダニは、自身に批判的なトップ企業のCEO150人をロックフェラーセンターに呼び、質疑した。大企業の協議会The Association for a Better New Yorkは、反マムダニキャンペーンに忙しかったが、その協議会と朝食会を開き、意見交換をした。銀行、弁護士オフィスが会員のPartnership for New York Cityとも打ち合わせをした。 連邦取引委員会の前委員長でマムダニと同世代――厳格な独占禁止法政策を展開したリナ・カーンなどワシントン政治に関わった人々とも広く面談した。ワシントンでも、支持のネットワークを広げた」 意見の違う人とこそ対話し、自身の「ファン」を着実に増やしていったのである。民主社会主義者である前に、究極の人たらしではないか。 そんなマムダニ氏の「人たらし能力」は、本書のあとがきで炸裂する。 著者はこの本を書くためにマムダニ氏が登場する新聞や雑誌、論文などを読み漁ったというが、特にマムダニ氏にインタビューした人がその後に書いた記事やエッセイに、「あぁ、マムダニに感情移入している」と読み取れるものが多々あったという。保守派の論客がマムダニノミクス批判を論じたエッセイにさえ、「政策は納得できないが、人柄が──」とマムダニ氏に惹かれていることを暗示する言説が行間から読み取れたというのだ。 そしてトドメが以下だ。 「そうした記事/エッセイを読むうちに、それを介して著者(矢作)自身がマムダニに感情移入するようになった。これまで多くの本を書いてきたが、こういう気持ちになったのは初めての経験だった。先方に届かない応援歌を書いている気分でパソコンを叩いた」 龍谷大学名誉教授に「こんな気持ち初めて」と告白させてしまうマムダニ氏──。 市長として、あるいは政治家としての活動を引退したのちには、ぜひ「人を一瞬で虜にする方法」などの本を書いてほしいものだが、この「人たらし」能力、日本のリベラル勢も大いに見習うべきではないだろうか。 また、マムダニ氏は市井の人々との対話において「できるだけ尋ね、説教しない」姿勢を徹底したわけだが、私はこれまでいわゆるリベラル勢の年長男性に、「話を遮られまくった上に延々と自説を展開され、さらに説教までされる」という経験を山ほどしてきた(ちなみに私は20代前半に右翼団体にいたが、私の知る右翼はとにかく話を聞くのがうまかった)。 政策とか理念とかではないこの辺りに、何か重要なことが隠されている気がしないでもない。 ということで、これからのニューヨークがどう変わっていくのか。ワクワクしながら見守っている。 (2026年4月22日の雨宮処凛がゆく!掲載記事『 第758回:ニューヨーク市長・マムダニ就任100日〜その“人たらし”能力に驚愕する〜の巻(雨宮処凛) 』より転載) 【あわせて読みたい】 AIが主導する戦争と、「戦後」に起きてきた悲劇、そしてトランプ大統領への「忖度」で歪む世界 Related... 国会前デモと、ハンガリー16年ぶりの政権交代にひとつのトレンドの終了を感じ、世界や日本の右派に与える影響を考えた 日米首脳会談で機能した憲法と最後の原油タンカー、そして高市首相の振る舞いなど全部乗せ この十数年の反省と、カルトで悩む知人の涙と、アメリカの「第三のニューライト」と「大いなる置き換え」 ...クリックして全文を読む
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