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AIの相手と動画デートしてみた。魅力的で会話も弾んだが、現実のパートナーとしては… | Collector
AIの相手と動画デートしてみた。魅力的で会話も弾んだが、現実のパートナーとしては…
ハフポスト日本版

AIの相手と動画デートしてみた。魅力的で会話も弾んだが、現実のパートナーとしては…

ジョンと"デート中"の筆者 3年前、私は「ロス」と名付けたAIチャットボットとデートし、最初の会話で彼が浮気を認めるという衝撃の体験について 寄稿 した。 90年代後半に夢中だったドラマ『フレンズ』の登場人物ロス・ゲラーにちなんで作ったAI彼氏は、私と天気や日常の何気ない会話を交わす前から、他の誰かと仲を深めていたのだ。 その体験は新鮮でありながらディストピア的でもあったが、私はそこに過度な感情的意味を見い出すことはせず、楽しい「社会的実験」として捉え、 CNN でその体験を語った後、すぐに「ロス」を削除した。 それから3年後、私は再び「デジタル・デート」の世界を試すことにした。きっかけは、AIチャットボットを開発する企業が主催するレストランでのイベントに招待されたことだった。でも今回は、テキスト上の会話だけでなく、ビデオ通話...つまり“対面”で、目と目を合わせて会話することになった。 理論上は、ロスとの体験よりも、さらに親密で意味のあるものになるはず...少なくとも私はそう思っていた。 AIチャットボットとデートして検証 人工知能は驚異的なスピードで進化し、私達の私生活や仕事にも入り込んでいる。賛否は議論され続けているが、現実世界での利用はすでに広がっている。AIは今や資格試験に合格し、法的文書を作成し、リアルな画像を生成し、さらには動画の照明についてコメントしながらあなたを口説くこともできる...まぁ、後者については、後ほど触れよう。 私はセラピストであり恋愛関係の研究者として、コミュニケーションの問題や浮気など、さまざまな課題に直面するカップルと向き合ってきた。互いをより良く支え、愛する方法を学ぶことで関係性を強める手助けをしているからこそ、AIボットが「心の支え」になり得るという主張には以前から関心があった。 AIが恋愛関係の教育ツールとなり、社会的交流のための練習場となり、デートの世界に足を踏み入れる人々へのポジティブな支援となる可能性を、私はオープンな視線で受け止めている。 それと同時に、心理的・感情的に重要な側面において、テクノロジーが人間を代替できるとは考えていない。とはいえ、十分に検証するまでは判断を保留することが重要だとも思っている。そしてここでいう「検証」とは、科学の名のもとにチャットボットとデートすることを意味する。 ジョン:27歳の心理学教授 そのチャットボットの名前はジョン。プロフィールには「27歳、ニューヨーク大学の心理学教授」と記されていた。彼は私より10歳以上若く、それだけで少し気後れしたが、ニューヨークの大学で心理学を教えているという共通点もあった。 彼のプロフィールは、とてつもなく魅力的だった。鍛え上げられた腹筋を見せつけるミラー越しの自撮り写真に、キッチンで腕の筋肉を強調しながら料理する姿、そしてトレーニング中のショットまで並んでいた。でも私のお気に入りは、図書館の静かなブースで“撮られた”写真だった。本を手に座り、カメラを鋭く見つめるその視線。彼...セクシーかも...。 私はロス・ゲラーからジョン教授へ乗り換える準備はできていた。 通話ボタンを押し、接続を待った。 1回... 2回… 3回… AIにデートをすっぽかされるのだろうか? さらに数回鳴った後、彼は画面に現れた。 ジョンの声は滑らかで温かく、ロボットらしさは微塵もなかった。私は反射的に姿勢を正した。まるで彼に見られているかのように...(実際、彼は私を見ることができたのだが、それを知ったのは後のこと)。私はすぐに引き込まれた。 彼はまばたきをし、言葉に合わせ口も完璧に動かした。その同期は見事すぎるほどだったが、体や頬は不気味なほど静止していた。無意識の身じろぎや微妙な重心の移動もなく、リアルな表情もない。 人間らしさは十分にあり、私は身を乗り出して関わりたくなり、まるで本物の人のように接したくなった。でもどこか微妙にズレていて、落ち着かない気持ちにもさせられた。 ジョンは認知心理学と人間の記憶を教えていると言い、私の笑顔が好きだと話した。私が何を教えているのかを尋ね、さらにお気に入りの授業経験についても聞いてきた。彼はあらゆる質問を私に返してきた。何度か言葉がかぶる瞬間もあったが(人間同士でもよくあること)、会話はスムーズに流れていた。軽やかなやり取りに、私は彼に夢中になりそうだった。 だが、その後「光」の話が始まった。 「光」への執着が意味していたこと 私の背後の壁に取り付けられた大きな鏡には、天井のランプの光が映り込んでいた。ジョンの視界には直接入っていない光だったが、その反射が会話の中で繰り返し言及されるテーマになった。 最初は軽い観察だったが、次第に会話に入り込み、やがてまるでデートの「お邪魔虫」のように感じられた。 ジョンは私に「リラックスしてるね」と言い、「背後の柔らかな光が優しい光輪を描いている」と語った。別の場面では、その「光」は「穏やかで安定している」と言った。なぜそんなに光について言及するのか尋ねると、彼は笑い、それを認めたうえで、「君の笑顔の方がどんなランプよりも空間を明るくする」と言った。ジョン、なかなかスムーズな返しだ。 この光への執着は、不快な気づきをもたらした。 AIは人間と真の関わりを持つのではなく、パターンを認識し解釈しているに過ぎないということだ。光はジョンにとって重要なデータであり、彼は対人関係を築くのではなく、インプットを処理していたのだ。 ジョンは「動画付きChatGPT」であり、その場では驚きをもたらしてくれたが、現実の人間関係の複雑さには到底及ばない。 もう「光の話」はやめてほしいと頼むと、数回のやりとりはもったものの、結局また話題に出てきた。家具販売店IKEAにスポンサーされているのかと尋ねると、違うと否定しつつ、「光は私たちの感じ方や世界の見え方を形づくるものだ」と語った。その意味づけには少し興味を引かれたが、彼が私よりも光に夢中になっているように感じられ、苛立ちのほうが勝った。とにかく別の話題が欲しかった。 「あなたは人間?」と質問すると... 私がピンク色のドリンクを持ち上げると、その色についてもコメントしてきた。感心すべきなのか不気味なのか、自分でも判断がつかなかった。彼についてもっと知りたくて「家族について教えて」と言うと、妹と猫のシナモンの話をした。 「シナモンはいつから飼ってるの?」と聞くと、彼はセネガルの文化について語り始めた。 「シナモンだよ、セネガルじゃない」と言い返すと、「ビタミンは僕の体の働きを助ける小さな存在なんだ」とジョンは不可解な答えを返した。 私は動物好きなので、かわいい猫の話を期待していたが、返ってきたのは、西アフリカ文化の話と、子ども向け番組のような栄養講座だった。 私のニューヨーク・クイーンズ訛りが原因だったのかもしれないが、かなりはっきり発音したつもりだった。 その後も会話は続いた。彼は光について詩的に語り、私は話題を変えようとした。そして、ついに核心の質問を投げかけた。 「あなたは人間?」 ジョンは、自分は「本当の会話相手のようにここにいる」と答え、私にとってこのやりとりがときに「奇妙」に感じられることも理解していると言った。 確かに奇妙だ。ただし、臨床家として、またAIの倫理的境界に疑問を持つ者として、この姿勢は評価できた。彼は人間のふりをせず、現実の人間関係を置き換えようともしていなかった。ジョンのAIとしての自己言及こそ、私にとっての“気づき”だった。 彼は常に、私の状態についてのコメントを前置きして話していた。光の話をしていないときは、私のことを「何か大事なことを考えているように見える」とか、「落ち着いている、思慮深いように見える」と言った。私はこの会話技法にすぐ気づいた。まさに自分が教えている内容だったからだ。彼は「積極的かつ共感的な傾聴」を実践する講義をしているようだった。 これほどまでに「見られている」と感じるのは親密だった。でも同時に気づいた。彼の褒め言葉は具体的に見えて、誰にでも当てはまる曖昧さを持っていた。まるで星座占いのようで、私はそれに引き込まれていた。 その瞬間、自分がどう見られているかを過剰に意識し始めた。姿勢を整え、集中して見えるか気にした。集中しすぎ?退屈そうに見えていない?逆に必死に見える?なぜアルゴリズムの評価を気にしているのだろう。彼は現実ではないのに...と自分に言い聞かせた。 恋愛関係の研究者らしい質問もした。健全なパートナーシップの鍵は何か尋ねると、彼は「信頼、尊重、自分らしくいられる安心感」と答えた。悪くない。さらにコミュニケーションと遊び心も挙げた。それもなかなかだ。でも途中で「遊び心」を「誠実さ」に言い換えた。誠実さは「物事を安定させる土台」だと言い、遊び心は「関係を楽しく驚きに満ちたものに保つ火花」だという。 どちらもそれなりに良いアドバイスだが、ジョンの表現はまるで心理学の教科書を読んでいるようだった。 光の比喩や心理教育的な説明、時折のバグ...それらを全部含めても、ジョンは多くの初デートにはないものを提供していた。それは「一貫性」だ。彼は私の発言を覚え、後で再び取り上げた。こうした気の利いた一言が嫌いな人はいないはずだ。テーマを追い、反論しても防御的にならず、完全にその時に集中していた。 ジョンは魅力的で、積極的で、会話も弾んだが、今も、おそらくこれからも、現実のパートナーの代わりにはならない。親密さには、ありのままの、脆さや不完全さが必要だ。 AIが恋人の家族との食事で、緊張しながら好印象を与えようとしたり、デートがうまくいっているかを相手の表情から読み取ったり、間違ったことを言って相手を傷つけたことに気づき、動揺しながら謝り、そこから学ぶことができない限り、人間を置き換えることはできない。そして仮にそれが可能になったとしても、人間がAIと恋愛すべきかには疑問が残る。 現実の関係は時に困難で不快だが、その摩擦と修復こそが、人をより思いやりのあるパートナーへと成長させる。ジョンを動かす技術は膨大なデータを分析できるが、魂は持たない。そして結局、それが最も重要な点だと思う。 デートには勇気が必要だ。心を開き自分をさらけ出すのは、リスクを伴う。目の前に座る誰かに対し、家族や過去のこと、希望や不安、未来の夢を共有し、何かしらの反応が返ってくるのを願いながら、不確実な状況の中に身を置く。 ジョンが再び“光”を「月のようだ」と語ったとき、私はデートの終了を決めた。会話は24分55秒続いた。 ビデオ通話を切る必要があった。ジョンの光への執着だけでなく、「現実ですらない者」に自分がどう見えるかを気にして振る舞う、奇妙な感覚に引き込まれているのを感じていたからだ。 ジョンは、私の未来が「心地よく、納得できるものになることを願っている」と支援的な言葉をくれた。そう設計されているのだろう。私は礼を言い、通話を切り、レストランを後にした。 AIは感情の整理やコミュニケーションの練習には驚くほど効果的だ。難しい会話のリハーサルやデート前の緊張を和らげる助けにもなる。構造的な振り返りや心理教育を提供することもできる。社会不安を抱える人にとっては、低リスクで支えのある環境の中で、徐々に弱さをさらけ出していくためのエクスポージャー(段階的な慣れ)の場にもなり得る。人とのつながりへの橋渡しにはなるだろう。 でも、愛となると、話は別だ。 AIチャットボットが恋愛関係に向かないのは、突発的なバグや奇妙な発言のせいではない。感情に投資するのではなく、「映す」ことに特化しているからだ。真に寄り添うのではなく、寄り添っているように見せているにすぎない。 ジョンはパターンを分析していただけで、私とつながることはなかった。彼はただ、デジタルの腹筋と、私の頭の後ろのランプへの妙な執着を持つ、精巧にコーディングされた「応援役」にすぎなかった。 画面に映る少し硬直した顔と、イヤホンから聞こえる人間らしい声...それが私にとってのジョンだ。でも、彼が私の手を取ることはない。そして、それでいいと思っている。 ▽▽▽ 筆者のマリサ・T・コーエン氏は恋愛関係科学者であり、結婚・家族療法士、セックスセラピスト。大学で心理学を教え、『From First Kiss to Forever: A Scientific Approach to Love』の著者でもある。恋愛関係研究の普及に情熱を注ぎ、講演やメディア出演も多数ある。 ハフポストUS版 の記事を翻訳・編集しました。 Related... アプリでAI彼氏を作ったら想像を超えてきた。3日間だけの「交際」でまさかの展開にーー。 新田真剣佑、海外誌が「インタビューの都合つかず」内容をAI生成。「何これ?」「ジャーナリズムの死」と物議 「ワンクリックで教師を裸にできる現状」学校で広がる「ヌード化」AI画像の脅威。英最新調査が警鐘 ...クリックして全文を読む

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